不登校の本人の体験談

不登校の本人の体験談
不登校の本人の体験談

この記事のコメント欄から、当時不登校だったご本人の体験談の投稿を、お願いします。

この記事を現在不登校で悩んでいる親の立場の人が読むことにより、不登校の子供への理解を深めて頂くことが出来るでしょう。不登校のきっかけや各自の家庭環境は様々でも、そこに共通したヒントを見出すことは可能かと思います。

当時はどんな思いだったのか

・不登校の時、辛かった事、嬉かった事は何があったか
・立ち直れたのは、どんな事があったからなのか
・今のあなたにとってその経験はどんな役に立いるのか

など、書いてください。

また私(マザー里美)も感想のコメントを入れていくので、考え方の参考にして頂けたらと思います。

そして、親の立場の方の、読まれた感想や気付きを得たことなども書いて頂けたらと思います。

投稿
匿名

不登校になったきっかけは友達関係のトラブルでしたが、
当時は幼いころに受けた親の仕打ちを恨んでいる事も
多かったと思います。

引きこもったのは、先生含め勝ち組負け組の激しい学校での
人間関係にで疲れていたことと自分がまた人を傷つける
ような事をやってしますのではないかという不安があった
からだと思います。

しばらくして、母親がわざとらしいぐらい態度が変わったので、
いい面とちょっと不自然な感じがしていやに思った時も
ありました。
でも今は「自分は恵まれていたんだなぁ」と
思っています。

貴重な体験談をありがとうございました!
心の動きを細やかに語っていただけて、とても参考に
なります。色々な辛いことあったでしょうに、
勇気を持って乗り越えてこられたんですね!
また、そして感謝の気持ちも忘れずに素晴らしいと思います。
益々素晴らしい未来を切り開いていかれる事を
祈念させて頂きます。

元不登校児です

はじめまして。
体験談、ということで投稿させていただきます。
わたしは現在30歳の女ですが、中学2年くらいから徐々に学校を休みがちになり、高校には入学したんですが半年も持たずに不登校になり退学してしまいました。
それから社会との接点も友人もまったくないまま19歳くらいまで家に引きこもってました。当時は不登校児用のフリースクールとかその他の支援団体があまりなく、インターネットも普及していなかったので、どことも繋がりのないまま孤立していました。人との接触がないのでかなり追い詰められて、最終的に死ぬか社会復帰するか、という選択を迫られ、大検を受けて短大に行くという選択をしました。無事に卒業し、就職先も運よく見つかり、周りの人にも恵まれて引きこもりからはなんとか脱出できたのですが、少し残念なのは、引きこもりだった当時、同じ状況の人たちとの関わりが多少でもあれば、もっと気が楽だったのではいか、ということです。
というのも、社会復帰して10年経った今でも不登校・引きこもりだった過去を話せる友人がひとりもいなくて、時々無性に孤独を感じるからです。なので、今不登校のお子さんを抱えている方には、ぜひ不登校や引きこもりを支援している団体や学校などに、所属させてあげてほしいと思います。社会との接点を失いがちな不登校や引きこもりの人たちにとって、どこかに属している、ということはすごく強みになると思います。同じように苦しんでいる人がいるんだ、ということを知るだけでも楽になれると思います。また、将来、社会復帰した後の人生にも、同じ過去を持った仲間の存在はとても支えになると思います。今は経済的な負担が掛からない団体などもあるようなので、諦めずに合う場所を見つけてあげてください。

心あるコメントありがとうございます。
追い詰められた心境から、生きる為に
頑張ってこられたんですね!
孤立した中で頑張った方の体験談は見る人に
気付きや勇気と希望を与えるものと思われます。
また、自分が辛かった体験を今悩んでいる方の為に
コメントしてくださったお気持ちに感動しました!
本当に一人は弱いけど、支え合う人がいることは重要ですよね。
これから、その思いを不登校解笑マザーの活動の中にも
役立たせて頂きます。
只今ツイッターも準備中で気軽にコメントできる環境や
心の繋がりを感じられるイヴェントなども考えています。
これからも不登校解笑マザーの活動に関わって頂けたら嬉しいです。
宜しくお願いします。感謝

不登校ではないですが・・・会社に行けなかった時が

はじめまして。

不登校ではないですが、会社にいけなくなったことがあります。
入社して3年目でパニック症という病気になってしまいました。

不安や疲れを感じると呼吸困難になってました。
薬も手をつけ、薬を飲めば飲むほど、
やる気がなくなり、2ヶ月もの間会社にいけず、
家に引きこもりの生活をしていました。

昔から明るい自分だっのたで、
なんで自分が?とずっとせめてました。

今思うと、がんばりすぎていたんだと思います。
当初は「~しなきゃいけない」が口癖でした。

そんなひきこもりで薬漬けの時に。
未来を考えるといつも不安でした。
「このまま人に迷惑をかけて一生を生きるのか・・・」
ずっと考えていました。

でも思ったのです。
このまま薬漬けで人に迷惑をかけて生きていくのはいやだ!

そして僕は薬を絶って、自力でパニック症を治すのに成功しました。

実は現在は一切パニック症の症状がでなくなり完治しました。

その後、世界一周一人旅に挑戦し、帰国後、世田谷でレストの店長を経て、
現在は路上やイベントで目の前に座ってくれた人の目を見て、
インスピレーションで書道で言葉を書くことを仕事にしています。

■30cmの幸せなきっかけを生む魔法使いが贈る
 3秒で今が変わる路上で拾ったきっかけ言葉

 http://ameblo.jp/dreamleader/


今思えば、ひきこもりになって、
自分にも人にも優しくなれる人間に成長したと思います。

きっとこのような経験は大きくジャンプアップするのに
必要だったのかもしれません。

この話が何かのきっかけとなったら幸いです。

引きこもりの体験談をありがとうございます!
会社と学校、場所は違っても共通して言える事があると
感じています。それは、あまりに自分を追い込んでしまうと、
体や神経、または精神が壊れてしまうのだなあということ。
色々などん底経験を聞くたびに思います。

でも「このまま薬漬けで人に迷惑をかけて生きて
いくのはいやだ!」と強い心で立ち向かわれ、克服したのは
本当に素晴らしい事だと思います。

どんな風に克服したのか、細かい様子がブログの記事の
中にありますので、ご興味のある方はリンク記事を読んで
みて頂けたらと思います。

この投稿してくれたのは、私の夢仲間の一人ですが、
本当に素晴らしい感性を磨きながら、感動を作りだせる人です。
今後の益々のご活躍を祈念いたします。

元不登校

私は、中学高校と不登校になりました。
中学の時不登校になったきっかけは、多分いじめとそのストレスが爆発したのがきっかけだと思います。
私は、あまり人に自分の気持ちを伝えられず自分の心に積み重ねていった感じでした。
いじめられてることも親が心配するからと言うことで言えませんでした。
そして、その時の担任の先生から不登校が集まる学校みたいなところがあるよ。と、紹介してくれました。
ですが、少し行ってだんだん人数が増えていきそれが嫌で行かなくなりました。
そして、受験し行きたい所など無く姉と同じ学校に行きました。ですが、人数か多いとか私が人見知りで友達出来ず一週間でまた行かなくなりました。
そして、休学して学習支援センターと言うところに週に1,2回行ってました。
でも、復帰するとしても自信ないしまた一年生から始めないと。と言うことで退学しました。
それまで、悩んで悩んで悩みまくりました。
そして、姉が心配してくれてバイトの知り合いから学校のパンフレットを借りて来てくれて、私の将来の夢が声優さんで偶然その学校を見つけ、お父さんに言い体験入学し、ここなら大丈夫かもと思い、10月に入学。
最初は週3日行き、声優系の授業やヴォーカルの授業を受けあとは、自由に参加できる授業に参加しとても楽しかったです。
今は、毎日行き本気で声優目指し本科に上がるため毎日頑張って行っています。

RE:元不登校

いろいろ辛い目にあいながらも、頑張ってこられた様子がわかりました。その中で自分の夢に向かって、その道に進まれてことは何よりかと思います。ご家族の協力や理解も得られて、目標に向かって楽しく頑張れるのは最高ですね!やっぱり夢を持つって素晴らしいですね♬

中学の環境の変化は大きい

私は小学校卒業を機に住み慣れた地域を引っ越し、
隣の地域の中学校に入学しました。
中学1年生のときは順調に学校に行けていたのですが、
中学2年生のときに、私と友人の間に些細な喧嘩が起こり、
仲裁に入った担任の先生にも不信感を覚えてしまいました。

その後友人との関係が元に戻ることはなく、たまに行っても
楽しいことがなく、保健室登校をして結局担任の先生と
二人で勉強するのも嫌だったので、小学校までを過ごして
いた地域の中学校に転校することになりました。

それでも始めの頃は行かなかったのですが、
本当に思ってくれる友人が説得してくれたお陰で、
無事に学校に行けるようになりました。

今私は高校3年生です。1年近くのブランクを受け入れて
くれた高校に感謝しています。受験も間近に控え、
私は不登校の経験から、「他人のことを思うのは
大事なことだ」ということを学びました。
今も悩みが尽きませんが、学校に行くことがこれ程
楽しいことだとはかつては思っていませんでした。
それも不登校から得られたことだと思います。

しかし心にしこりとして残っているのは、
私が当初「面倒くさい」という理由で行かなくなると、
妹、親友も学校に行かなくなってしまったこと。
安易な理由で学校を休んではいけないと痛感しました。

親友の保護者からも「あんたのせいでうちの子は学校に
行かなくなったんだ!もう関わらないでほしい」と
言われました。その時のことは、4年近く経った今でも思い出されます。

RE:中学の環境の変化は大きい

不登校の体験から幾つもの大事な事を学ばれたのですね!
とても素晴らしいことだと思います。また心ある友人に
恵まれ、学校生活が楽しく過ごせて本当に良かったですね。
感謝の心を忘れない姿勢があればこそだと思われます。
また、不登校になった親友のこと、保護者からいわれた
言葉を思い出すのも辛いですね。どうか自分を責めない
でくださいね。皆それぞれ意味があって出来た出来事か
と思います。あなたが元気で楽しく生きて行く事で
笑顔になれる人も多く出来てくるでしょうから!

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